映画『パーフェクトワールド 君といる奇跡』

『建築士として生きる』 阿部一雄

キネマ旬報NEXT vol.21 「岩田さんが演じる樹を見て改めて感じたこと」より転載

スクリーンを目の当たりにして蘇ってきたのは、37歳の時の自分だった。
手術台の硬いベッドの上で感じた、焼けるように熱い背中と、全く動かない脚、わずかに動く手の感覚。
ついさっきまでの自分の身体が別の生き物のようで「一生、車いす生活だな」悟ったあの瞬間。

この物語に出会えたことは、まるで奇跡のようだ。
名古屋の小さな工務店の長男として生まれ、何不自由なく過ごしてきた幼少時代。
大好きなスキーやバイクは自身の生きがいでもあった。
建築の世界に入り15年余りが過ぎようとしていた30代後半、家づくりの仕事が本当に楽しく、ひたすら現場を走り回っていた。
そんな中、人生が一転したのは37歳の時。バイクレース中の事故により脊髄損傷を負い、一生治ることのない車いす生活を余儀なくされた。
あまりに突然の出来事だった。絶望に打ちひしがれている余裕もなく、待っていたのは過酷な現実。
これから生きるための道筋はどうすれば良いか、家族・仕事・生活・自分の身体・・・。
一体何から考えればいいのか、何が正解なのか。時間は有りすぎるほどだった。
しかし簡単ではない答えを出すための時間は、いくらあっても足りなかった。
そんな中、一つだけ明快だった答えがある。それは「車いすの建築士として生きる」ということ。
これが自身の生きる糧となり、この覚悟がなければ今の私はここにおらず、この物語に出会うこともなかった。
しかし、同時にそれは葛藤の始まりだったことを思い出す。

障がい者を題材とする物語には、どこか他のものとは違う重圧がのしかかっているのでは、と思う。
なぜなら、当事者ではない視点から描かれた物語は、陳腐であり同情を誘うような薄っぺらな物語になりがちだからだ。
障がいを持つ者の苦しみや葛藤は、結局は当事者にしか分からないのである。
私自身、そういった物語の映画やドラマを観てきた中で、健常者と障がい者両方の体験をした者だからこそ言える譲れない視点を持っていた。
それは障がい者やその家族が抱く心の葛藤や想い、車いす操作や障がい者特有の動きなどの細かな部分をリアルに表現して欲しいということ。
また、この物語を単なるきれいな感動物語にして欲しくないという視点である。 原作はこれらの表現に関して非常に優れていると感じた。 しかし映像というのは、原作では伝えきれない力強い表現力を持ち、観た人が受ける影響は絶大なものがある。 実際、スクリーンでの樹は私の想像以上だった。 樹の役柄は、容姿端麗でスポーツ万能、自身の仕事に対してもひたむきであり、障がいを受け入れながらも懸命に生きていく心の強い青年。
しかし、表には出さない心に秘めた苦悩や葛藤を持っている。
それは私自身も感じたことである。
障がい者は、自身の障がいを受け入れ、前に進むことを当たり前のように求められる。
しかし、いつ起こるか分からない身体の不調や度重なる手術に苦しみながら、誰かの手助けなしでは生きていけない現実、一人では出来ないもどかしさ、周囲から浴びせられる何気ない視線など、数え切れないほどの辛い体験を重ねている。
慣れ親しんだ店で料理を食べながらデートを楽しむ何気ない幸せ、ホーム下に転落したつぐみを見ていることしかできないやるせなさ・・・。
岩田剛典さんは樹という役を通して、生活者が抱く気持ちを目、耳、鼻、手、舌と言った五感を感じさせることで、見事に伝えてくれた。
とても繊細でありながら、この表現力によって作品全体の完成度は大きく変わってくる。
車いす生活を始めた頃の自分を思い出し、心が揺さぶられた。

苦悩や葛藤という点で、私が唯一経験していない場面がある。
原作者の有賀リエさんが語るパーフェクトワールドの意味「大事に思う人、思ってくれる人がいてくれるだけで世界(=人生)は完璧だ」という表現。
私自身、障がいを負った時には妻と3人の子供がいたが、家族として、妻と子供は全てを受け入れざるを得ない状況であった。
しかし、映画の中で描かれているのは、恋愛・障がいという困難に向き合う若者の姿である。
彼らに共通することはこれからの人生を選択できるということ。
自分がもう少し若ければ・・・、もし結婚していなかったらと、ふと考えた。
障がい者にとっての恋愛や結婚は、おいそれといくものではない。
社会での障がい者に対する差別や偏見は悪いことだと教えられる、しかしそれはあくまで他人事の場合のみであると思い知らされる。
自分の家族が、大事な娘が・・・。人はどう判断するのか。
樹やつぐみ本人、そしてそれぞれの両親の言動は私の心に深く突き刺さった。

岩田剛典さんが演じる樹を見て改めて感じたことは、障がいは不便ではあるけど不幸ではないということ。
車いす生活を始めた頃から、さまざまな困難や葛藤と向き合いながら「誰かの力を借りてでも、1人の人間として生きていきたい」と強く想っていた。
これは障がい者の多くが感じていることである。
自身の能力を活かしながら社会に参加し、出来る範囲で貢献していく。
岩田剛典さんはネカティブに映りがちな障がい者という存在を、樹という役柄を通すことで、健常者・障がい者という枠に捉われない、恋愛や仕事に前向きな一人の魅力的な人間として映してくれた。
樹という人物、そしてこの作品を通して、自らの心の壁を取り外してくれる人の存在や家族への感謝、誰もが普通に暮らせる社会の大切さを知って欲しい。
長い人生の中で、誰もが年を重ね、突然障がいを負うこともある。
そこに特別な存在はなく、子供、大人、高齢者、障がい者誰もが共に助け合い、安心して暮らしていける社会であることを願う。
そして、再び私に生きる力をくれたこの作品と出会えたことに感謝したい。

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